夫とは正反対の性分です

どちらかと言うと感情的でその日気分の傾向のある私でしたが、育児をしていて、昨日ダメだと言った事を今日はいいよと言ってみたりする、そんな私の気まぐれさで、娘や息子を数々振り回してしまい、よく反省をしました。
そんな時、日々の温度が一定している温厚な夫から、「傾聴を心がけるといいと思うよ」と言われたのです。

傾聴とは、勉強嫌いの息子が「宿題したくない」と言ったとしたら、私なら「何でしたくないの?あなたの義務じゃないの!」と叱るか、「じゃあ忘れていきなさい、勝手にして」と投げ出すような人間でした。
ところが休日などに同じセリフを言う息子に対して夫は、「そうか、お前宿題したくないんだな。わかるよ、誰だってそうだよな」と、まずは息子の気持ちに同調するのです。すると息子は「パパもそうだったの?」と話を聞きたがり次々質問を重ねました。
その質問に対して夫は、子供相手ということを忘れてるのかと思う程、実に丁寧に答えるのです。せっかちな私と違って、元来のんきな気質の夫ですので、余計に苦もなく息子の話に耳を傾ける・・つまりは傾聴がお手のものだったのだと思いますが、何だかんだと言いながら、結局息子に宿題をさせて、「ママー、○○が宿題終わったぞー。これから二人で公園に行くよ」と、楽しげに出ていく男二人の背中を情けない気持ちで見送った事が数知れずかりました。
娘に「まったく男は気楽でいいよね」と言うと、「私も気楽だよ。気楽じゃなくて気負ってるのママだけじゃない」と言われる始末。
短気は損気とも言いますし、感情的になった者負けという言葉もよく聞きます。
分かっていながら相変わらず、鷹揚とした三人とイライラしやすい私という家族の形。
一人ぐらい手綱を引く役も必要よね、と嘯きながら、本心は傾聴の得意な妻であり、母親でありたいと、いつも心の底から願っているのです。
憧れ像と等身大の自分とのギャップが、いつも大きくて、ままならない現実に落ち込んだり悩んだり。
自分に満足できる人間に到達できる日は訪れるのでしょうか。
「一日一生」の思いで日々生きていく事が一番の近道なのかもしれません。

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